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野菜・果物の健康維持機能に関する研究動向

5. 果物の機能性に関する研究動向

g. β-クリプトキサンチン(β-CRP)の供給源

β-クリプトキサン(β-CRP)はヒト体内に見出される主要カロテノイド6種類のひとつです。このカロテノイドはβ-カロテン、リコペンなどとは異なり、生理機能に着目した研究はこれまでほとんど行われていませんでした。しかし、我が国を代表する果実であるウンシュウミカンがβ-クリプトキサンチンの最も重要な供給源であることから、果樹研究所などのグループにより生理機能の解明が進められてきました。その結果、現在ではがんや骨粗鬆症の予防など優れた生理機能を示唆する知見が得られています。

生理機能研究の進展に呼応して、β-クリプトキサンチンの供給源を明らかにする研究、「β-クリプトキサンチンはなぜウンシュウミカンなど限られた果実にしか蓄積しないのか?」、さらに「ウンシュウミカンを上回る高蓄積のカンキツを作出することは可能か?」を明らかにする研究が(独)農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所で行われ、ウンシュウミカンを上回る量のβ-クリプトキサンチンを含有する新品種もいくつか登場するようになっています。

カンキツ類

1)β-クリプトキサンチンの重要な供給源はカンキツ類

カロテノイド類のデータベースとして最も有名なのはUSDA-NCC Carotenoid Database 1) です。これによれば、β-クリプトキサンチンとして有用な食品はカンキツ類、赤ピーマン、カキ、パパイヤなどです。多くが果物ですが、日常摂取する頻度から考えて、重要な供給源はカンキツ類と考えられます。β-クリプトキサンチン摂取は米国 2) では75%、スペイン 3)では66%がカンキツ類からであると見積もられています。また、欧州で行われているがんと栄養に関する大規模な疫学研究(EPIC)の中で、欧州8カ国の16の地域から選んだ3,089人を対象とする血清カロテノイドと食事内容の関係の調査が行われています。その結果、血中のβ-クリプトキサンチン濃度と果実類、とりわけカンキツ類の摂取の間に、高い相関関係が認められています 4)

米国などのカロテノイドデータベースから、β-クリプトキサンチン供給源として重要な果物・野菜は大まかには分かるものの、この含量には品種、季節、栽培地などの差があると思われます。そこで、我が国で入手できる果物の生鮮物、加工品について、β-クリプトキサンチンを含むカロテノイド類の網羅的含量測定が行われました 5) 。その結果、β-クリプトキサンチン高含有食品はUSDA-NCC Carotenoid Database 1)の述べられているものと変わらないものの、実測値がかなり異なり、最も重要な供給源であるウンシュウミカンをはじめとして、我が国のカンキツ類には米国産よりも高含有のものが著しく多いこと、カキ、ビワなどでは品種差が著しく大きいことが明らかになりました。

我が国では新たなカンキツ品種の開発が積極的に行われています。現在、生産が広がりつつある「不知火」、「はるみ」、「麗紅」、「たまみ」などの品種は概してβ-クリプトキサンチンに富みます。これ以外にも剥皮性に優れたミカンタイプで注目すべき新しい品種が育成されています。「西南のひかり」は12月中旬までに収穫できる早生の品種で、優れた芳香と食味をもっています。さらに、果肉にウンシュウミカンを越えるレベルのβ-クリプトキサンチンを含んでいます。また「津之輝」は、露地では2月上旬までに成熟する中生品種で、食味に優れています。この品種も果肉に高いレベルのβ-クリプトキサンチンを含有しています。これらβ-クリプトキサンチンに富んだ新品種の普及により、β-クリプトキサンチン供給源が質・量ともに豊富になると思われます。特に、従来からの中晩柑である、アマナツ、ハッサク、イヨカンがβ-クリプトキサンチンを含まないことを考えると、「清見」などのβ-クリプトキサンチンに富んだ中晩柑品種の普及により、従来、ウンシュウミカンの販売時期の終了をもって、β-クリプトキサンチン供給がストップしていたものが、5月頃まで拡大されることになります。なお、輸入カンキツのグレープフルーツ、オレンジ、レモンにはほとんど含まれず、供給源としては期待できません。

2)β-クリプトキサンチンはなぜウンシュウミカンなど限られた果実にしか蓄積しないのか?

カンキツ類はカロテノイド組成・含量から3種類に大別できます。β-クリプトキサンチンを高含有し橙色の濃いウンシュウミカンなどのグループ、β-クリプトキサンチンも含め多様なカロテノイドを含む橙色がやや薄いオレンジなどのグループ、カロテノイドを痕跡程度にしか含まず、ほぼ無色のレモン・グレープフルーツなどのグループです。そこで、それぞれのグループを代表するカンキツの3品種、ウンシュウミカン、バレンシアオレンジ、リスボンレモンについて、果実成熟に伴うカロテノイド含量と生成関連の酵素遺伝子発現量の変化を比較しました 6)。その結果、ウンシュウミカンと他の2品種では、生成系上流に位置するゲラニルゲラニル二リン酸からβ-カロテンに至る酵素遺伝子群、すなわちフィトエン合成酵素(CitPSY)、フィトエン脱水素酵素(CitPDS)、ζ-カロテン脱水素酵素(CitZDS)、リコペン環化酵素(CitLCYb)の4つの酵素の果実成熟時における発現量に差が見られ、この差がカロテノイド総量の差につながっているものと考えられました。

また、ウンシュウミカンはβ-クリプトキサンチンを圧倒的に多く蓄積しますが、バレンシアオレンジはビオラキサンチンを中心に蓄積します。両カンキツにこのようなカロテノイド組成の違いが生じる理由については、以下のように推察しています。カロテノイドの生成経路において、β-カロテンに水酸基がひとつ導入されるとβ-クリプトキサンチンとなり、ふたつ導入されるとゼアキサンチンになります。さらにゼアキサンチンはエポキシ化されてビオラキサンチンに変換されます。生成系上流部の4酵素遺伝子の発現が多いウンシュウミカンではβ-カロテンの生成が多いが、β-カロテンハイドロキシラーゼ(CitHYb)遺伝子の発現が少ないためにβ-クリプトキサンチンで変換は留まり、次のゼアキサンチンには進み難いようです。

また、ウンシュウミカンでは、ビオラキサンチンを分解してアブシジン酸生成を進める酵素が、果実の成熟にともない増加することも示されていることから 7) 、生成したビオラキサンチンも速やかに分解されているものと考えられます。一方、バレンシアオレンジは生成系上流部4酵素遺伝子の発現が少ないために、少量のβ-カロテンしか生成されません。さらにβ-カロテンハイドロキシラーゼ遺伝子とゼアキサンチンエポキシダーゼ遺伝子の発現が多いために、生成した少量のβ-カロテンはゼアキサンチン、さらにはビオラキサンチンまで一気に変換されると考えています。バレンシアオレンジではビオラキサンチンの分解酵素は低いレベルにあり、最終的にビオラキサンチンが蓄積するものと考えられます 7) 。リコペンに富む果実、β-カロテンに富む果実ではそれ以降の代謝経路に関わる酵素遺伝子の発現が弱いためと考えられます。

3)ウンシュウミカンを上回る高蓄積のカンキツを作出することは可能か?

ウンシュウミカンでは、β-カロテンまでの生成に関連する遺伝子発現の一斉上昇により、β-カロテンの劇的な集積が起こります。さらに、遺伝子発現の一斉上昇の際に、β-カロテンを生成する遺伝子群の発現が高く、β-カロテンハイドロキシラーゼ遺伝子(CitHYb)の発現が低いウンシュウミカンのような遺伝子発現バランスとなれば、β-クリプトキサンチンが集積すると考えられます。このような生合成調節機構から見ると、β-クリプトキサンチンを高含有化するためには、β-カロテンを生成する遺伝子群の発現を高めることが重要です。

カンキツ類

ウンシュウミカンのカロテノイドを経時的に分析すると、成熟の後期では、カロテノイド生合成経路の上流に位置するフィトエンが多量に集積し、β-カロテンまで生合成が進行しにくくなっていました。ウンシュウミカンは現状でもトップクラスのβ-クリプトキサンチン高含有カンキツですが、 一層の高含有化のためには、成熟後期でもフィトエン脱水素酵素(CitPDS)、ζ-カロテン脱水素酵素(CitZDS)の遺伝子発現を高く維持し、β-カロテンへの生合成を進めることが重要と考えられます。これを実現するための手段として、成熟後期でもフィトエン脱水素酵素およびβ-カロテン脱水素酵素の遺伝子発現が低下しないカンキツ系統を探索し、このカンキツをウンシュミカンと交配することが考えられます。既存品種、栽培条件下ではウンシュウミカンの1.5mg/100g程度がβ-クリプトキサンチンの限界です。これまでに稀ではありますがウンシュウミカンの育種後代にβ-クリプトキサンチン含量2〜3mg/100gの個体を見出しています。β-カロテンを生成する遺伝子群の発現を高めることで高含有化できる可能性を示しているのではないかと推察しています。

このような新品種の作出を行う場合には、その素材となる遺伝資源がもつ多様で複雑なカロテノイドの生合成系について解析する必要があります。このために、質量分析の手法により、植物のカロテノイド生合成経路上の18種類の化合物を高感度かつ一斉に定量できる新たな分析法が開発されています 8) 。この方法を用いて、分類上、異なる特徴をもつ39種類の品種について、カロテノイド集積特性の調査を行ったところ、果実成熟期間(10〜2月)のフィトエン、β-クリプトキサンチン、ビオラキサンチン含有量の変化のパターンは、その変化量によって3つのグループに分類できることがわかりました。また、大部分の品種において果肉と果皮のカロテノイド集積特性は類似していること、β-クリプトキサンチンの含量が高い品種のほとんどが、ポンカンやクネンボなど分類上カンキツ属ミカン区に属するものであることが示されています。今後、このような遺伝資源の持つカロテノイド集積特性についての情報を背景として、β-クリプトキサンチンを高いレベルで含有する品種の開発が進むものと期待されます。

4)β-クリプトキサンチン含量の収穫後の変動

カンキツ果実は、収穫された後、貯蔵や輸送の途上で、様々な温度、環境にさらされることになります。このような収穫後の環境条件は、果実のβ-クリプトキサンチン含量にどのような影響を及ぼすのでしょうか? β-クリプトキサンチンを豊富に含むウンシュウミカンは、収穫された後に一定期間貯蔵された後に出荷されることも少なくありません。そこで、ウンシュウミカンについて、いくつかの異なる温度帯に貯蔵した場合のカロテノイドの変動が調べられています 9) 。5℃で3週間貯蔵した場合には、果肉部分のβ-クリプトキサンチンは徐々に減少しました。果皮では果肉とは逆に徐々に増加することが認められています。同じ5℃に貯蔵する場合でも、1,000ppmのエチレン存在下では、16日間の貯蔵で、果肉、果皮共にβ-クリプトキサンチンは若干の減少を示しました。

一方、最近カンキツ果実の貯蔵性の向上を目的に、殺菌剤等を用いることなく表面に付着する微生物数を減少させる目的で、果実を50℃程度の温水に短時間浸漬することが検討されています 10) 。このような処理を行ったキンカンの果実では、処理直後にはβ-クリプトキサンチン含量は若干の増加を示しますが、17℃で21日間貯蔵することで、若干低下する傾向が認められました 11)

このように収穫後にβ-クリプトキサンチンの含量が変動するという基礎的な知見が得られつつあります。今後、さらに詳細な条件の検討が行われ、含量の低下を最小限に抑える、あるいは含量を増加させるような収穫後の処理技術が生まれるかも知れません。

 

(文責 尾崎嘉彦)


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